フェルデンクライスメソッド

忘れえぬ邸宅

忘れえぬ邸宅

フェルデンクライスでは床に一枚マットを敷いてレッスンをします。体と床との接地面を観察することがレッスンの要素の多くを占めているからです。

話は突然変わりますが小田急線をお使いの方は皆さんご存じでしょうか。ある駅近くにあるコンクリートの邸宅を。建築家と外国人の奥様とが合同で完成させたトラスウォールという工法という方法で建てられた家です。家というよりも近未来の建造物といった方が良いくらい変わった形の建物で、線路わきにひときわ目立ちます。あまり中が広いようには見えませんが、人が住んでいたというので、電車で前を通るたび、中はどれくらいの広さがあるのか、どんな形状なのか、と中を見てみたい気持ちに駆られたものでした。

この建造物に人が住まなくなってから数年経って、ある店がここに服屋を出店したのです。たまたま私が英語のクラスで、自分の住まいの近くを紹介するというテーマをお出しし、自分自身の発表の事前調査検索に引っかかってきたのです。しめた!!この建物の中に入るチャンス!と私はファッションを学んだ娘を誘いある日そこに出かけたのでした。

数十年憧れてきた建物に入ることが出来る高揚感で、私たちの胸は高鳴ります。
かつては人が住んでいたお宅なのですから入り口は勿論普通の玄関。店舗の入り口としては狭いそこは沢山の来客の靴であふれていました。入るとリビングらしき部屋が広がります。円形の外観に沿うようにできた思いのほか広い丸いリビングにはその家の為にあつらえたのか、壁ぴったりに沿ったカラフルなソファが置かれています。屋上に上がればコンクリートで出来た手すりやベンチ、物干しの真横を小田急線が走ります。立っているのは非日常なのに、視界に入るのは日常の生活の一部。非日常から日常を眺める優越感(?)のような物を覚えました。

地下に降りる階段脇にはまるで船室のような丸い窓。ここも日常とは異質の空間を演出しています。そして地下に降りるとそこには石のダブルベッドが。家を作る時にベッドも型どってあつらえたかのようです。そこに建築家と外国人の奥様が並んで寝ていらしたのでしょう。私はそのベッド上に展示してあるスカーフを手に取りながら、こんな硬いベッド上での夜はお二人にとって心地が良かったのだろうか、とそればかりを考えていました。

話は戻ります。フェルデンクライスのマットに寝ころぶと、最初のうちは床が硬く感じられます。床と体の接点は少なく、体がとがっている感じすらします。ですが、レッスンを進めていくうち、大体の方はマットに体がなじんできて、床との接点が広がってくるのです。私はレッスンの最後にはいつも、このままずっとマットの上に寝ていられるような気にすらなるのです。

さきほどの石のお宅に私が快適に住まい、快適に眠るには、どうやってもフェルデンクライス無しには無理だわ、と道すがらそればかりを考えながら小田急線の線路沿いを通って帰路につきました。が、ファッション業界の娘はしっかり服の観察をし、お気に入りの服まで見つけ、華やいだ気分で帰宅したのでした。数十年前であれば私も店の服の傾向に興味を持ち、好みを見つけた後の余韻に酔って店を後にしたことだったでしょう。しかしこの日は娘と私の視点の違いを感じ、私の目はもうフェルデンクライスプラクティショナーのそれになったのだ、と痛感したのでした。