手術は右人工骨頭挿入術。全身麻酔で行われるとのことでした。
当日手術室へは患者自身のベッドごと運ばれていきます。私は着替えてベッドに寝ているだけ。あとは看護師さんが手術室へ運んでくださいます。
手術室の手前にベッド一台分くらいの小さな小部屋があり、病棟の看護師さんが入れるのはそこまで。そこで手術室の麻酔科の看護師さんが出迎えてくださり、互いに向かい合いお願いします、と私のベッドが手渡されます。医療的には違う意味合いがあるのでしょうが、患者である私にとってはこれから入院病棟とは違う世界に入っていくというひとつのセレモニーの様だなあ、とちょっと感動してしまいました。
手術が始まります。手術室に運ばれると手術に必ず登場するあの無影灯の白い無機質な明かりがバッと私を照らし出します。ああ、これで楽にしていただけるのだなあ、と思いながら周囲を見渡します。不思議と緊張感が全くなく、自分が楽になっていく瞬間を少しでも記憶にとどめたいと貪欲になっている自分がそこにいたのでした。
全身麻酔の手術は初めてではありません。ですから自分にとっては一瞬で終わってしまうことを知っていました。麻酔のマスクをつけ、ああ、麻酔がかかる、と思ったその瞬間にまるで時間をハサミで切り取ったかのように目覚めるのです。違うのは目覚めた後体に物凄く大きな変化が起きていること。そしてそれは必ず痛みを伴うこと・・・。なるべく長く目を覚ましていてせめて眠りに陥る瞬間を覚えていようなどと意気込んでいたのに、マスクをつけて一呼吸目、麻酔のガスの匂いだ、よしよしまだめざめているな、と確認した後の二呼吸目にはもう眠りに落ちてしまいました。ですからそれから起きたことについて当然何も書くことが出来ないのです。
終わりましたよ、という声掛けに何となくぼわっと目覚めてそのまま病室へ。ぼうっとしているうちに夫の顔が見え、訳の分からぬうちに周りでは着々と術後の患者への準備が進み、気が付くと夫の姿はもうなくただ私だけが一人ぽつうんと部屋に残されていました。改めて辺りを見回すと、体には様々な管が繋がれており足を見下ろすといつの間にか白い血栓防止ソックスを履いており、血栓防止用ポンプ(マッサージ器具)が足をもみほぐし続けており、見慣れない台形の枕を両足ではさんでいました。傷跡を確かめたくて下を見下ろしましたが、思いのほか後ろの方に傷があるのか、切った跡は見えませんでした。
ポ、ポ、ポ。心電図の音だけが時を刻みます。部屋の時計が私の目に入らない位置にあり、時刻がわからないままにただ時が過ぎていきました。
夜が更けてもその夜私には夜はありませんでした。手術の夜は一晩中部屋の明かりが灯り、検温、点滴チェック、心電図チェック、等々に看護師さんたちが度々訪れます。
痛み止めが入った点滴を受けていましたが、傷と足の付け根の奥の方がしんしんと痛み、眠ることはできませんでした。こういう夜が来ることはわかっていたのです。わかってはいたのですがやはり痛いのは嫌で、少しは眠りたくて、コールを押してみました。
筋注で肩に痛み止めを打ってもらい、それで一時間眠って、又襲ってくる痛みで目覚め、そのまま朝を迎えました。今後の回復に思いを馳せようともそこにはとうてい思い及ばない一夜でした。