私がぼそっとつぶやく場として始めさせていただいた教師のつぶやき。しかし、最近の私の行事の多さに長編がたて続くことになりました。
声楽を学び21年。とうとうリサイタルをやることになりました。というのも・・・
ある日の声楽レッスン中のことです。先生から、もう一ミリ前だけで歌って!とお声を掛けられたのです。前述通り、声楽を志すこと21年。体という中の見えない楽器を使った演奏の不可思議にどっぷりとはまってしまい、元来歌うことからは縁遠い私の声を何とかして歌う声に近づけようとあらゆる努力をしてきました。ですが体が楽器の声楽では、楽器の中を見ることが出来ません。それゆえに指導の内容が抽象的でわかりにくく、とても苦労したのです。こんな時フェルデンクライスは大いに私を助けてくれました。お腹で歌って、とか前で歌ってとか、前でと言われた翌週には深いところで歌って、などなど歌の指導の表現は先生のその日の感性によってめくるめく変化して行きます。こんな声楽の意味不明な指示がフェルデンクライスのレッスン後に体でわかることがしばしばあったのです。
その日の先生の「もう一ミリ・・・」。これはどうしたものか、と一瞬考えましたが、声楽の指示はこれだ、と自分が解釈した方法でやってみるしかありません。そこで何だかわからないけれどふんふんと鼻歌を歌うように歌ってみました。なんだか自分の声としては相当な違和感がありました。ですが先生は、それよ、それ!!とおっしゃったのです。私にとっては歌の意識改革。目からうろこが何枚も落ちて行った気持ちがしました。こうすれば良かったんだー!と。するとすかさず先生は、中さん、リサイタルをやらない?と。
こんな話の運びだったのです。
声楽を始めてから私は教会の結婚式でアヴェ・マリアを歌えるようになりたい、という夢を持つようになりました。石造りの教会の聖堂に声楽のノウハウを得た後の私のアヴェ・マリアが美しく響くのを想像すると背筋がぞくぞくしました。その夢を越えてリサイタルをやるということに対しては、憧れないわけではありませんでしたが、あまりにおこがましく、私の夢の計画の中には全くないことだったのです。
ですから当然私は相当なしり込みをしました。ええええええ?ですが先生が勧めてくださるというのは本当に光栄な事です。しかも、その後たまたま同窓会で友人から強く背中を押されてしまい、えーーい、とホールに電話をしてしまったのです。ところが私が是非にと気に入ってしまったこのホールは大人気の特殊なホールで二年待ちとのこと。二年待つ間に私の体力がどれくらい変わるのか見当がつきません・・・。相当な決断力が要りました。が、とにもかくにも場所がなければ話になりません。ですからこの二年は体に気を付けていようと自分に言い聞かせホールの予約を決行したのです。
こうして私は私の夢の計画以上の企画に二年をかけて挑むことになったわけなのです。