学生時代、私は競技スキーをやっていました。オリンッピックで見るような回転、大回転、滑降競技を競うためにスキーの技術を身に付けていくクラブ活動です。競技の最中に転んでも、怪我をしないように、スキーシーズン以外はトレーニングに精を出します。こんなわけでよく迎賓館の周りを走ったりしていました。
スキーシーズンが来ると、雪山での合宿の連続。合宿最後には大会があり、そこで順位を競い合い、終われば又次の合宿地へ。お金のない者は雪山に残り、ホテルの給仕や、修学旅行のスキーコーチのアルバイトをして小金を稼ぎ次の合宿の費用を捻出するのです。私は、このお金のないも者に部類していたものですからこの期間2カ月間はほとんど家に帰ることがありませんでした。
合宿中にはコーチがゲレンデにポールでコースを張り、そこを順番に滑って回転の練習をするのですが、ゲレンデを普通に滑るよりもスピードが出るために、このコースを滑るたびに恐怖と戦うことになります。又、何人もが同じコースを滑る為、段々にポールの脇が掘れて回転するたびに遠心力が働き、スピードが加速。コースアウト続出、ということになります。
私はどうもびびりで高速に弱いらしく、ポールを滑ると自然にスキー板を横に滑らせ減速させてしまい、なかなか良いタイムを出すことが出来ませんでした。
当然大会に出ても不本意な結果ばかり。恐怖心ってなんで起きるのだろう、、、といつも恨んでいたものです。
シーズン終わりの大きな学生大会では回転、大回転、滑降の三種目に出場しなければなりません。滑降は、皆さんご存じのように、ヘルメットをかぶり、高速で滑ります。私は、この滑降に出なければならないのが怖くてたまりませんでした。ですが、驚いたことに、ヘルメットをかぶって滑ると耳に風が当たらないせいかあまりスピードを感じなくなるのです。目から入る情報だけで滑るとスピードは普段より緩やかに感じられ、高速嫌いの私でもある程度の高速に耐えられるようなのです。自分の速さを感じるのは段差で板が宙に浮き上がる時だけ。急に体が宙に放り出されて初めて自分が高速で滑っていることに気づき忘れていた恐怖感がよみがえります。
体が宙に浮いたのを感じた途端に芽生えた恐怖心。雪の上に転びたい衝動に駆られ、なんと転んでも怪我をしないくらいに減速してから転んだのです。大会後みんなにそれを話して大笑い。耳からの情報がこんなに人に影響を与えているとは、と滑降を滑って初めて知ったのでした。それまでヘルメットの役割は頭を守ることだとばかり思っていたのでした、、、